第二話:これからもずっと


思いが通じていれば、それでいいと思っていた。でも、本当は・・・言いたい言葉が、聞きたい言葉があったんだ。

――あなたがそんなだから、彼が苦しむんじゃない!

その言葉を、私は何度も心の中で繰り返していた。電話越しに叫んだ彼女の顔を、私は知らない。電話の相手は、彼氏のいわゆる浮気相手だから。

何度目かのコール音の後に聞こえてきたのは、何者にも媚びない凛とした声色だった。
『・・・はい?』
「・・・突然、ごめんなさい。私、一将くんの・・・。」
別に、咎めるつもりもなかった。喧嘩の途中に出た言葉とはいえ、彼に浮気をすすめたのは自分だったし、それを真に受けた彼をとめなかったのも私だったから。ただ、彼が惹かれた人がどんな女性なのか知りたかった。
『・・・まどか、さん。』
少しの沈黙の後、彼女は驚いたことに私の名前を口にした。それが、なぜか悔しかった。同時に、恐ろしくもあった。私の知らないところで、彼は彼女に何を言っているのだろう。
「私のこと、知ってるんだ。」
『…何か、ご用ですか。』
感情を隠すように淡々と告げれば、彼女もまた鏡のように淡々と返してきた。その余裕が腹立たしかった。私のものに手を出してきたのは、あなたなのに。返して。返してよ。彼は、私のものなのよ。あなたになんか、あげない。
「・・・返して。あなただってどうせ遊びのつもりでしょ?」
 きっと、図星。すぐに言い返せないのは、その証拠。
『・・・ふざけないで。人を馬鹿にするのもいい加減にしたらどうなの?!返すとか、返さないとか・・・、人はね、物じゃないのよ・・・!』
「・・・っ。あなたなんかに、何がわかるの・・・!カズくんだって、あなたのこと・・・っ!」
『どうして理解してあげられないの!?あなたがそんなだから、彼が苦しむんじゃない!彼が、あなたの事どれだけ思ってるか・・・!』
「・・・っ」
『・・・私との事だって、彼はとめて欲しかったのよ・・・。あなたの、一言が欲しかったのよ。』
その言葉に、息がつまる。言葉が、欲しいと彼が言ったのだろうか。だとしたら、彼もまた私と同じ気持ちだったんだ。馬鹿がつくほどに真っ直ぐな彼を好きになって、付き合いはじめた頃。お互いに遠慮していたのか、本音を言わなくなって。 心でつながっていればいいんだ、と自分を無理に納得させて、彼にもそれを押し付けた。
ねえ、私達付き合っていたなんて、いえなかったかもしれないね。
『・・・まどかさん。ちゃんと、向き合ってください。あなたが、本当に彼を愛しているなら。彼、近くにいるんですよね。少し、かわっていただけませんか。』
「あ・・・」
 代わって、いいのだろうか。自分の思いに気がついた今、代わるのが怖かった。私の動揺に気がついたのか彼女は、ゆっくりと告げた。
『大丈夫。すぐに、終わります。』
終わります、の言葉がかすかに震えていて、私は彼女の思いを悟った。

 タイミングよく、お茶を片手に戻ってきたカズ君に無言で電話を突き出した。意味が分からない、というふうに携帯を受け取ったカズ君は携帯をゆっくりと耳に当てた。
「涼香・・・ちゃん。」
電話の相手の声を聞いて驚いているようだった。無理もなかった。
 少しの沈黙。コップの中で動いた氷の音がやけに大きく聞こえる。かすかに聞こえてくる彼女の声は、淡々としているのに、どこか切なく聞こえた。
彼女が、何を言ったのかはわからないけれど。さよならか、と呟いたのが耳に残った。

 電話を切った後、私達は長い間黙り込んでいた。その沈黙を破ったのは、カズ君のほうで。
「・・・最後の最後で名前呼ぶのって、反則だよな。」
私は、そうだねとだけ答えた。何を言えばいいのかわからなかった。
 私達2年間も一緒にいたのに、ずっと本音を隠して、お互いに上辺だけの言葉を言い合ってきただけだったのかもしれないね。 でも、もう終わりにしなくてはいけない。気づかせてくれた彼女の為にも。

――ねえ、私達まだ、やり直せるかな。

「ねえ、カズくん。」  ゆっくりと息を吸い込んで、私はいままで言えなかった事を言った。
「今までずっとごめんね。大好きだから。これからも、よろしくお願いします。」
 カズ君は、一瞬驚いた表情を見せたあとで、すぐに嬉しそうに笑った。
抱き寄せられた腕の中で、聞いたのは少し早いカズくんの鼓動と遠くで聞こえ始めた花火の音だった。



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